養育費支払の実効性確保と民事執行法改正
養育費の取り決めや支払の実態について
離婚時に未成年の子どもがいる場合は、養育費を取り決めることが必要になります。
しかし、厚生労働省の調査では、離婚時に養育費の支払いについて取り決めている割合は、平成28年時点で、離婚した家庭のうち、母子家庭で42.9%、父子家庭で20.8%となっています。
また、養育費を取り決めている家庭のうち、文書を作成しているのは、母子家庭で合計73.3%(判決・調停・公正証書58.3%、その他の文書15.0%)で、父子家庭で合計75.0%(判決・調停・公正証書54.7%、その他の文書20.3%)です。
離婚時に養育費の取り決めが十分には行われていない実態があります。養育費の不払は大きな社会問題となっていますが、きちんと取決めが行われないことが不払の一因になっていると思われます。
※厚生労働省 平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告
なお、離婚した家庭のうち、実際に養育費の支払を受けているのは、母子家庭で24.3%、父子家庭で3.2%です。支払を受けられていないのは正当な理由のない不払だけが原因ではありませんが、実態としては、離婚後に養育費の支払が受けられている子どもは非常に少ないといえます。
各家庭によって養育費を支払えない経済的な事情があったり、元夫・妻からの養育費の支払を望まないという事情もあるかもしれませんが、正当な理由のない養育費の不払に対しては、毅然と対応していくことが必要です。
※厚生労働省 平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告
今回は、養育費の支払の取決めがあるのに、正当な理由なく支払がされない場合の対処法について、以下でご説明します。
養育費の支払に必要な手続・これまでの問題点
養育費の不払に対応するためには、養育費の支払を命令する、または、約束する「債務名義」(判決書、審判書、和解調書、調停調書または公正証書)の取得が必要です。
具体的には、相手方から任意に養育費の支払がない場合、その支払を強制するためには、前提として、養育費の支払を命じる判決・審判を得ること、養育費を支払う約束をする和解や調停が成立すること、養育費を支払う約束をする公正証書を作成することなどが必要です。
これまでも、不払になった場合に、債務名義に基づいて相手方の財産を差し押えることはできましたが、差し押さえるべき相手方の資産を把握する手段が十分ではありませんでした。
養育費の不払に対しては、預貯金の差押えが行われてきましたが、預貯金口座は銀行名や支店の特定まで必要でした。また、給与の差押えも行われてきましたが、給与についても勤務先の情報が必要で、転職した場合には転職先の企業の情報等を、自分で調査して突き止める必要がありました。そのため、事実上調べることが不可能な部分もあり、養育費の現実の回収には大きな困難が伴っていました。
また、相手方の財産がわからない場合に、相手方に裁判所で財産を開示させる財産開示手続もありましたが、不出頭や陳述拒否に対する制裁が極めて軽く、これも実効性が乏しいものでした。
令和元年民事執行法改正
令和元年5月17日に改正民事執行法が成立し、令和2年4月1日から施行されました。
今回の改正では、養育費に関わるもの以外にも多くの改正点がありますが、養育費の不払対応に役立つ重要な改正としては、「財産開示手続」に関する改正、「第三者からの情報取得手続」の新設等があります。
以下、養育費の不払に対応するという観点から概要を説明します。
1 財産開示手続
財産開示手続は、平成15年に創設された相手方(債務者)の財産に関する情報を相手方(債務者)自身に陳述させることにより取得する手続ですが、使い勝手や実効性に問題があるとの指摘がされていました。
①申立てができる債権者の拡大
これまで、支払を命令または約束する「債務名義」のうち、仮執行宣言付判決、仮執行宣言付支払督促、公正証書(執行受諾文言付公正証書)、確定判決と同一の効力を有する支払督促等では、財産開示の申立ては認められていませんでした。
今回の改正で、すべての執行力がある金銭債権に係る債務名義を有する債権者に財産開示の申立権が認められることになりました(民事執行法197条1項柱書)。
養育費の関係では、公正証書(執行受諾文言付公正証書)で、財産開示の手続を利用することができるようになったことが大きな改正点です。
②手続違反に対する罰則の強化
財産開示の手続には手続に違反した場合の罰則が定められていましたが、非常に弱い制裁で、実効性に問題がありました。
【改正前】
30万円以下の過料の制裁
【改正後】
6か月以下の懲役または50万円以下の罰金
今回の改正で、財産開示手続における不出頭や陳述拒否等に対する罰則が大幅に強化されましたので、今後の運用次第ではありますが、実効性の向上が期待されます。
なお、実際に、令和2年10月には、財産開示手続の呼び出しを受けたのに出頭しなかった男性が、民事執行法違反(陳述等拒絶)で、裁判所から告発され、書類送検されたという事案の報道がなされています。
2 第三者からの情報取得手続
相手方(債務者)以外の第三者からの情報取得手続が新設されました。
いずれも強制執行を行うための一般的な要件を満たしたうえで、財産開示手続を先に行うことが要件(財産開示前置)とされています。
①不動産情報の取得手続
相手方が所有する土地や建物などの不動産について、裁判所から登記所に照会することができるようになります(令和2年11月時点では開始時期未定・令和3年5月16日までに開始予定)。
②勤務先情報の取得手続
これまでは、相手方(債務者)が勤務先を辞めてしまって新たな勤務先がわからない場合は、支払を求める側が自分で調べなければならず、事実上、給与の差押えができないことが多くありましたが、今回の改正により、裁判所から、市町村や厚生年金の実施機関等(市町村、日本年金機構、国家公務員共済組合、国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合、全国市町村職員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団)に相手方(債務者)の勤務先を照会し、回答を求めることができるようになりました。
③預貯金情報の取得手続
預貯金口座は、どの銀行のどの支店に口座があるかまでわからなければ、差押えをすることはできないため、預貯金口座があると思われる場合でも差押えができないことが多々ありました。
今回の改正により、裁判所が銀行等(銀行、信用金庫、信用金庫連合会、労働金庫、労働金庫連合会、信用協同組合、信用協同組合連合会、農業協同組合、農業協同組合連合会、漁業協同組合、漁業協同組合連合会、水産加工協同組合、水産加工協同組合連合会、農林中央金庫、株式会社商工組合中央金庫、独立行政法人郵便貯金簡易生命保険管理・郵便局ネットワーク支援機構)に情報提供を命じることで、相手方(債務者)がどの支店に口座をもっているかを回答してもらうことができるようになり、一定の情報があれば、預貯金口座の差押えができる可能性が高くなりました。
④株式情報の取得手続
今回の改正により、株式会社証券保管振替機構と日本銀行(「振替機関」)と銀行等や証券会社等の金融商品取引業者から、上場株式、国債、投資信託等に関する情報の取得ができるようになり、株式等も一定の情報があれば、差押えができる可能性が高くなりました。
このような第三者からの情報取得手続が新設されたことにより、これまで養育費の支払を求める側が自分では調査できなかった情報が得られる可能性があるため、相手方(債務者)の差し押さえるべき財産の特定ができる場合が多くなり、実効的な差押えができる事案も増えてくるのではないかと思われます。
法務省 民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律について 参照
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00247.html
改正民事執行法の適用範囲
今回の改正民事執行法が過去の養育費の不払にも対応できるのか、どの範囲で適用できるかが問題となります。
今回の改正民事執行法は令和2年4月1日施行ですが、施行前に取り決めた養育費や施行前から不払になっている養育費についても適用があります。
養育費の支払を約束した調停調書や養育費の支払を命じた判決などはあるが、長年にわたって支払を受けられていない方、過去に差押えをしたが不奏功に終わった、回収できなかったという方も、改正された財産開示手続や新たな第三者からの情報提供手続を活用できる可能性があります。
最後に
当事務所では、すでに改正民事執行法に基づく新しい財産開示の申立てや情報提供制度を利用した事案がございます。
養育費は、子どもの現在及び将来の生活のためにとても重要な問題です。子どもと一緒に生活する親も、子どもと離れて生活する親も、子どもの将来のことを考え、適切に対応していくことが求められます。
不払の問題を生まないようにするためには、まずは離婚時にしっかり話し合うことが重要ですが、離婚後に不払の問題が発生した後も諦めずに対応していくことが重要です。
現在養育費の不払でお悩みの方は勿論、過去に請求や差押えを試みたが支払を受けられなかった方も、改正民事執行法の活用によって新たな解決策が見つかるかもしれませんので、一度ご相談ください。
本コラムは令和2年12月1日に執筆されたものです。記載内容につきましてはその時点の情報をもとに作成されております。また、内容に関しましては、万全を期しておりますが、内容全てを保証するものではありませんのでご了承ください。